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狂気とバブル 集団妄想と群集の狂気 150年間ロングセラー

「いつの時代にも、その時代ならではの愚行が見られる。それは陰謀や策略、あるいは途方もない空想となり、利欲、刺激を求める気持ち、単に他人と同じことをしていたいという気持ちのいずれかが、さらにそれに拍車を掛ける」――著者のチャールズ・マッケイは1841年にこう述べています。

以下のような構成で、狂気から覚めた目で見ると、何でこんな馬鹿なことをしたのだろうと思いますが、日本のバブル景気、ノストラダムスの大予言、イスラム国空爆他、歴史は繰り返しています。


第一部 経済バブル
1.狂った投機熱・・・ミシシッピ計画
2.南海泡沫事件
3.チューリップバブル

第二部 人殺しの狂気
1.毒殺の大流行
2.決闘と神の判決

第三部 奇跡と未来への妄想
1.近世ヨーロッパの預言者たち
2.運勢判断
3.磁気療法士
4.幽霊屋敷
5.大都市にくらす庶民の楽しみ
6.大泥棒にささげるオマージュ
7.聖遺物物語

第四部 群集の憤激
 魔女狩り

第五部 飽くなき探求
 錬金術師

第六部 宗教の激情
 十字軍

中には、以下のような笑い話があります。

フランスで毒殺が流行したときに、親兄弟姉妹を殺し遺産を一人じめするための毒薬の調合と効果を試すために病院にボランティア(慈善行為)として毒入りスープを患者に振舞ったブランビリエ公爵夫人というのがいました。
彼女は、自分で毒薬を調合し自分で毒見するくらい研究熱心だったので、見事、親兄弟を遅効性の毒薬で毒殺しましたが、毒殺と見破られずに見事実家の遺産を独り占めすることに成功します。
そして、彼女は毒薬の師匠であり、不倫関係にあったサント・クロワと結婚するために、離婚を認めそうも無い、夫のブランビリエ公爵を毒殺しようと毒を盛ってしまうのである。しかし、サント・クロワは、公爵夫人が恐ろしくなって、婦人が夫の公爵に毒を飲ませると次の日には毒消しを飲ませて回復を図るということを繰り返したのである。
そうこうしているうちに、公爵は身も心もぼろぼろになり、逃げ出してしまった。
そうこうしているうちに、サントクロワが毒薬の調合時に事故で死んでしまった。そして、彼の遺品の中に小箱があり、それにはこの小箱を手にした人は、小箱をブランビリエ公爵夫人に渡してくれと書いてあった。しかし、サントクロワの事故死を調査中の警察は、小箱の中身を空けたのである。すると、小箱の中には粉末が入った小さいガラス瓶と婦人の毒殺者のリストが入っていたのだ。この危険を察した婦人は外国に逃亡し、裁判所は彼女不在で死刑を宣告した。
3年ほどしてほとぼりが冷めたと考えた婦人は帰国した。しかし、執念深く彼女を追っていた警察は帰国を察知し、危険を感じた彼女は修道院に逃げ込んだ。当時の修道院は、司法官憲が手が出せない聖域であった。しかし、知恵を絞った官憲は、イケメン騎馬憲兵仕官のデグレを使って、司祭に扮して修道院に潜入し、婦人に面会することに成功したのである。

デグレは、婦人に、「自分はここに立ち寄ったフランス人である。美貌と不幸な身の上で知られるご婦人に挨拶せずにここを立ち去るわけにはいかない」と言いました。手ごたえを感じたデグレは、巧みに愛や賛美の言葉を重ねたところ、婦人はすっかり警戒心をなくし、修道院の外でデグレと会うことに同意しました。デートをするには修道院の中よりも、外が都合が良いのです。

そして、修道院から出た彼女は逮捕され、パリのノートルダム寺院そばのグレープ広場で処刑されました。

また、オランダでチューリップバブルのときに、以下の二話を紹介します。

高価なチューリップの球根を持っている豪商が、東方の高価な輸入品を運んできた船長にお礼に燻製のニシンを分けてやった。その船長は玉ねぎが大好物で、商人の勘定台の上にあった玉ねぎそっくりの球根も、燻製ニシンのつけあわせにしようとその球根をこっそりポケットに入れて持ち帰った。

商人は球根が無くなったことに気づき、大騒ぎをし手アチコチ探しても見つからず、ようやく誰かが船長のことを思い出し、船長のもとに変換をもとめたが、既に、ニシンと一緒に食した跡であった。その球根は、3000フロリン(280ポンド)もする非常に高価なもので、この金額があれば、オランダ国王と総督府の役人全員に豪華な食事を振舞ったり、
自分の船の船員に1年間食事を提供できる金額であった。船長は、数ヶ月間獄中生活を強いられた。

また、アマチュア植物学者を事象するイギリス人がオランダに旅したときに、偶然裕福な商人の温室に珍しい球根が置いてあるのを見つけた。イギリス人は興味を持ち、ペンナイフで球根を切り刻んで学術的な観点から観察した。しかし、その球根は4000フロリンもする高価なものであった。イギリス人は、4000フロリンを弁償するという保証書にサインをするまで牢屋から出してもらえなかった。





狂った投機熱から聖遺物崇拝まで、集団妄想にまつわる幅広いテーマを扱った知的でユーモアあふれる作品。150年間のロングセラーを翻訳。
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太平洋戦争の記憶

9月3日から週刊で、毎号当時の新聞の完全レプリカ付!政治や 文化を多角的に解説しています。

戦後、左翼に転換した朝日新聞も、12月8日の開戦時から、戦争礼賛です。

創刊号は190円とお得です。


アスペルガー症候群など発達障害に関する本

アスペルガー症候群など発達障害が最近注目を集めています。

脳内の神経伝達系の障害ですが、障害と言うのは発生割合が高いことが従来の障害とは違うということで、障害をマイナスと捉えない観点から書かれた本と、障害を持つ子供のために、障害を勉強し、障害克服を実戦し、子供に合う環境を求め、学校と協調し、ついには、息子を京大に合格させ、自身は、その体験をもとに博士号をとるとともに、現在は発達障害の環境改善に取り組む仕事をしているという本を紹介いたします。



天才脳は発達障害から生まれる

特異な生涯を送った以下5人の天才たちを、彼らの伝記や日記から、コミュニケーションや日常生活に独自の困難を抱えており、脳になんらかの機能障害があり、現在着目されている、発達障害ではないかと筆者は推測する。

CASE1 キレやすい信長
CASE2 かたづけられない北斎
CASE3 てんかんもちの熊楠
CASE4 野口英世の放蕩癖
CASE5 サバイバーとしての中内功

しかし、発達障害をマイナス面ではなく、かけがえのない才能を殺さないためのものだと推測する。
発達障害が、人類の発展の鍵であるかもしれないという発想の転換があります。

高機能自閉症児を育てる

T君は、高橋さん夫妻の長男として1986年に生まれました。

「3歳になっても話せるようにはなりません」と言われた自閉症という問題を抱えていたために、母の和子さんは環境歴史学という研究者の道をあきらめ、T君と全力で向き合い、ついには京都大学に入学させることまできました。

そして、その経験をもとに、大学で博士号を取得し、関連する複数の資格も取得し、特殊教育の専門家になりました。

本書では、高橋さんが実際にT君に行ってきたさまざまな実践を豊富に収録されています。

3歳直前の「やりとり遊び」、8歳のころの「自然な会話への支援」、12歳のころの「子どもの集団で相談するときのコミュニケーションへの支援」をはじめ、家庭でできる1歳からのソーシャル・スキル援助の実際など、問題を抱えたお子さんを育てているご家庭ですぐに応用できる資料ばかりです。
「このままでは3歳になっても話せるようにならない」と言われたT君は、現在京都大学大学院博士前期過程在学中です。
100人に1人と言われる発達障害を持つ人のほとんどが高機能と考えられる現在、情報と支援を必要としている潜在的な人数は大変多いと考えられます。
高橋さん親子の記録は、多くの困難を抱えた人たちに必ず希望を与えるに違いありません。
そして、この本の大きなもうひとつの魅力は、子ども本来の力をいかに上手に育てていけるか、という視点で読むことができる点です。定型発達の子育てにも大変参考になります♪



プロフィール

ムーミン815

Author:ムーミン815
ようこそ、ムーミンブログヘ

1960年代生まれメタボ系です。ダイエットや精神健康のために腰振り体操、整体体操、気功をやってます。ブログでは、興味のある漫画や本をとりあげています。最近は環境問題に関しても書いています。図表の採用で問題がありましたらコメントください。削除いたします。

写真は20年以上前にボーイスカウトのリーダをやっていたときのものです。今より20kg以上痩せてました。

ヤフーの知恵袋で地球温暖化のカテゴリーマスターをしています。

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