稀代の軍師 黒田官兵衛

NHKの大河ドラマで話題となっている黒田勘兵衛の本を紹介します。

編者は、官兵衛の地元である播磨学研究所です。

あまちゃんの地元へ帰ろうではないですが、官兵衛を描いた播磨灘物語の司馬遼太郎の先祖も播磨出身でしかも、官兵衛にやられた一族を先祖にもつなど地元ならではの話題もありました。

また、私が興味をもったのは、加来耕三の以下の2点です。


なぜ秀吉は明智に勝てたか:

・毛利家から預かっている人質を返させた。明智に勝ったら天下が取れる。負けたら全て失う。よって人質は不要と秀吉を説得した。
・堤防を切って毛利が追ってこれなくした。
(毛利の吉川が秀吉を追うことを主張したが、小早川が秀吉が天下をとったら恨みを勝って大変だからと吉川をとめたとあるが、実質は堤防が決壊して追うことができなかった。)
・信長が死体を出ないように手下に命じ、それが成功した。官兵衛は信長が生きているという噂を流し、明智につこうとした細川を味方につけないようにすることに成功した。
・そして中国大返しに秀吉が部下を元気づけ、官兵衛が兵站を整えた。

お前のもう一方の手は・・・

関が原で勝利したとき家康が官兵衛の息子の長政の手を両手で握って礼を述べたことを長政が勘兵衛に報告した際、官兵衛が長政に「その時お前のもう一方の手は何をしていたのか」と言ったとされています。
この解釈は一般に、なぜ、お前はそのとき家康を空いた手で刺し殺さなかったのか、ということになっています。

しかし、加来は、この解釈として、官兵衛は長政をかばったとしています。すなわち、官兵衛だったら家康を殺したが、長政はそんなことはできないということを示そうとしたということです。家康の参謀と言われた本多正信の息子、正純でさえ釣天井事件で取り潰されるような時代なので、長政がこのまま増長しないように諌めたというわけです。

これは、竹中半兵衛が官兵衛に、官兵衛を褒める秀吉の手紙を焼いて、主君の心はいつ変わるともしれないのに、そんな手紙をよりどころにしていると大変なことになる、という自身の経験を息子の長政に伝える出来事だというのです。



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1960年代生まれメタボ系です。ダイエットや精神健康のために腰振り体操、整体体操、気功をやってます。ブログでは、興味のある漫画や本をとりあげています。最近は環境問題に関しても書いています。図表の採用で問題がありましたらコメントください。削除いたします。

写真は20年以上前にボーイスカウトのリーダをやっていたときのものです。今より20kg以上痩せてました。

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